子育て期の楽しみ方と子育て後のライフスタイルを考えてます。
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<< 被災生活日記〜その2  ああ切望の完全給食★ >>


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被災生活日記〜その3(完結編)

 その3・・・東日本大震災から15日目〜22日目(3/25〜4/1)
『GSまでの遥かなる道のり』

●3月25日(金)・・・(震災15日目)
<ライフライン>
朝7時半に自転車で二箇所のガソリンスタンドの状況を見に出かける。風は冷たく、眼鏡が曇って前が見えない。何度も自転車を止め眼鏡を拭く。前日チェックした整理券配布のガソリンスタンドから車列が延々続いている。200台に入れればいいんだよね、とざっくり車の台数を数えながら列の後方に自転車を進める。まさかと思ったが車はずっと先の角を曲がり、次の角も曲がり、さらに曲がって元いた場所の近くまで到達していた。アバウトながらこのあたりで180台目くらい。夫に電話している間も次々車が最後尾に付く。「今すぐ来れば何とか間に合うかも!」焦りながら電話する私に「並ぶ間もガソリンがなくなるから今日は止めよう」と夫。仕方なくもう一箇所のガソリンスタンドに向かう。こちらは全く車列が見当たらず。今日は営業しないのか?何とも空しい。

<食料>
前日から店内に入れるようになったスーパーに牛乳を求めて出かけた。昨日は行列しないで入れたのに今日はまた行列している。入場制限があり1時間後にようやく入店。牛乳の棚に1本だけ牛乳が!ヨーグルトの棚にプレーンヨーグルトが1つだけ残っていた。かるた取りのようにすかさず手を伸ばす。精肉コーナーも品揃えが限られている。昨日は鶏肉のみ。今日は合挽き肉があったので子供達の好きなハンバーグを作ることにする。
友人からヤマト運輸の営業所止めで1件食料と雑誌、サプリが届く。こちらでは当分買えそうもない。

<役立ったもの>
自転車
・・ガソリン不足で動けない時、自転車があって本当に助かった。ジムで運動できない分自転車こぎで運動不足解消にも一役買ったかも。

<所感>
今日こそは、と意気込んだはずのガソリンだったが不発に終わってしまった。どうも前日の夜から車を置き去りにして並んでいるらしい。友人は車にわざと傷をつけられたと話していた。タイヤをパンクさせる輩もいるとか。友人いわく「みんなガソリンが入らなくて殺気立っている」まさにそんな感じだ。
ガソリンが入ったら温泉につかりたい。その一心で秋保温泉のホテルを片っ端からWEBでチェック。被害が大きく休業していたところがほとんどだが、日帰り温泉のみ受け入れ始めたらしい。シャワー、シャンプー不可のところもある。時間制限つき。大人500〜800円と通常の営業よりは安いが混むんだろうな。まずはガソリン入れないと。明日は思い切って朝5時から今日営業していなかったガソリンスタンドに並んでみることにする。(一日おきにやっているという噂を聞いた)

 


●3月26日(土)・・・(震災16日目)
<ライフライン>
ガソリンを入れようと思って三日目となる。まず夫が朝5時に並び、7時に私が自転車で行って交代という段取りを決める。あとは流れ次第。並びに行った夫から「13番目だ」と連絡あり。今日こそ大丈夫と喜んで交代に行くと夫が浮かない顔をしている。ノーチェックだった別のGSにスタッフの姿が見えるが、並んでいるGSには人影がないと言う。向こうに並んだ方がいいのか?自転車でそのGSの車列を見に行く。当然のことながら長い。8時になりそこがオープン。こちらは気配すらない。
9時になり我が家の前に並んでいた車が一台、また一台と抜けていく。見切りをつけてオープンしているGSに向かったようだ。どうしよう。順番は3番目になっていた。踏ん切りがつかないまま10時になった。
とその時、外の様子を伺っていた中年男性が叫ぶ。「タンクローリーが来たぞ!!」
ヤッター!!やっぱり抜けなくて正解だった〜!!と喜びも束の間、タンクローリーを見守る近くの客が騒然となった。夫も血相変えて戻ってきた。
「ひどいよ。タンクローリーがきたけど今日明日は営業しないって言ってる」
「え、何で?」
「人員の確保が出来ないからだってさ。このGSの支店の番号を調べて電話しよう」
104でそれらしき支店の番号を教えてもらう。若い男性がすぐに出た。
「お客様のお気持ちは分かりますが、営業するには20〜30人の人員を確保して車列整理もしないといけないのでそこのGSは開けられないんですよ。みんな他のGSに応援に行ってるので今から確保は出来ないんです。」の一点張り。
「じゃあせめて今日明日は営業しないと張り紙を出したらどうですか。みんな並んで待ってるんですよ」夫が促すもなしのつぶて。タンクローリーに立ち会うスタッフが一人いたが、怒声が飛び交う中知らん顔で立ち去ってしまった。
もう一つのGSに並ぶしか選択肢はなくなった。しかし今からで間に合うのか?とその時そのGSにタンクローリーが入っていくのが見えた。「これならきっと間に合う」そう信じて長い長い列の最後尾についた。
ここからまだ長い時間がかかる。腹が減っては・・ということで私が近くのスーパーにお弁当を調達に行く。10メートルほど前進した車に乗り込み、から揚げ弁当をほおばる。留守番している子供達にはカップうどんを食べておくよう電話。
とその時、嫌な感じがした。
エンジンがかからない。バッテリーが上がってしまったのだ。
私が運転席に座ってハンドルを握り、夫がゆっくり車を押す。そんなことを繰り返している間もディーラーやカー用品の店に問い合わせ。カー用品の店には類似のバッテリーがあるらしい。しかしこの状況からどうする?
万事休すかと思われた時、親切な車が一台横付けになり、ケーブルをつないでくれた。
エンジンがかかった!
神様のようにありがたく、その男性に何度も何度も頭を下げる。
エンジンを切れないので、ふかしたままGSまでたどり着かなくてはならない。途中、坂道に差し掛かった時、給油ランプが点灯した。
「あと少し、お願いだからガソリンスタンドまで走って!」祈るしかない。
午後2時半、GSに着いた時フーッと大きなため息が出た。幸いGSにも類似のバッテリーがありすぐに交換してもらえた。ガソリンは満タン入れ出来た。
「あと10台です」とスタッフの声が聞こえた。どうやら私達は完売ギリギリにいたらしい。

<食料>
ガソリンの車列に並んでいる際立ち寄ったスーパーは、前日から営業を再開したばかりの店舗だった。お弁当があったのもこの時期キセキに近いくらい。また牛乳が4〜5種類のメーカーから入っていて難なく1本買えたのもラッキーだった。
GSからの帰り道、飲食店がオープンしているのに気がつく。電話してみると夜8時まで営業しているという。メニューは限定的だが、夕食は震災後初めての外食。

<役立ったもの>
インターネットによる情報収集
・・災害時でなくとも情報収集はネットが便利な時代になったが、個々のお店の情報などはテレビのテロップにはほとんど出てこないので日々検索していた。

<所感>
長い一日だった。ガソリンを入れるため9時間半も費やす結果となった。精根尽き果てた気分だったが、18日をもって休業していた入浴施設がこの日の午後から再開したと知り整理券ゲット。まだ知れ渡っていないせいか17時からの回に入ることが出来た。4日ぶりの入浴。ちょっとぬるめのお湯だったが疲れを癒すには十分だった。

 


●3月27日(日)・・・(震災17日目)
<ライフライン>
懸案の最重要項目だったガソリン問題が我が家ではひとまず解決。これは精神的にも大きい。また今日もガソリン行列は続いている。車は極力乗らないようにする。
○○ではガスが復旧したという話を聞くようになる。ガス局のHPをチェックしてみるも大雑把な表なのでいつ自分の地域に来るのかよく分からない。カセットボンベの残りはあと5本。10日以内に復旧しないとお手上げだ。今か今かと待ち望む日々。

<食料>
義姉よりABCクッキングで作ったいちごのマカロンが届く。これはもともと私が当選したABCのレッスンチケットで3/12に仙台のABCで作るはずだった。震災のためABCが無期休校となり義姉にチケットを譲る。好きなレッスンに参加できますと書き添えたが私達を喜ばせようといちごのマカロン作りに参加してくれたようだ。マカロンなんて本当に久しぶり。感謝の気持ちでかみしめる。

<所感>
3/23より花き市場が再開したとニュースで知り、久しぶりにお花を購入。こうした普通のことが出来るだけで喜びを感じる。震災の影響で延期していた子ども会の役員引継ぎが行われた。まだ活動を考えるというよりはお互いの安否の話題で盛り上がる。

 


●3月28日(月)・・・(震災18日目)
<ライフライン>
お風呂情報で今日の夕方から入れるところがあり整理券ゲット。男性の方はあまり混まなかったらしいが、女性の方は洗い場がすぐ満員になりしばらく行列。浴槽はまさに芋の子を洗うような混雑ぶり。時間制限でゆっくりは出来ないが二日ぶりにさっぱりする。

<食料>
この日から店内で買い物ができるようになったスーパーに行く。種類は少ないが品数は結構豊富。同一商品5点まで購入できるというので牛乳を2本ゲット。この時期2本買えるお店は他にない。
遠方に避難していた友人が荷物を取りに一旦帰宅。原発のニュースなど見て野菜が不安だろうと向こうの新鮮な野菜をたくさんお土産にいただく。ありがたい。
他に1件、知人より食料支援が2箱届く。ヤマト運輸が宅配してくれるようになったので本当に助かる。今まで当たり前だったことの一つ一つに感謝する。

<所感>
頑張ればお風呂も二日に一回くらい入れるようになってきた。お風呂に入れるだけで寝つきが違う。夕食はファミレスが営業再開していると知り行ってみた。ドリンクバーの一部が故障(地震の影響かは不明)していたのは残念だったが、たまに利用していたお店に普通に入れて普通に食事できたことが嬉しい。

 


●3月29日(火)・・・(震災19日目)
<ライフライン>
夫が震災後住宅メーカーに耐震診断を依頼していたが、今日たまたま時間が空いたということが早速見に来てくれた。多少のヒビはあるもののすぐに直さないと危険というほどではないと知りホッと一安心。新潟中越地震の時現場を経験した方でとても詳しい。この家はつぶれないと太鼓判を押してもらえたのでよかった。同じ学校区でも立地によっては住めなくなり引越した人もいる。本当に気の毒だ。

<食料>
パン作りに欠かせない強力粉を友人から送ってもらえることになった。改めて材料を確認していると、ドライイーストが国産に限ると書いてある。我が家にあるのはフランス産。そのために失敗するのは困るので、昨日行ったスーパーに再度出かけてみる。昨日見かけたような気がするが、同じ場所には影も形もなくなっていた。店員に聞いてみると「製菓コーナーにあるかも」と言う。ラスト5箱あり2箱購入。昨日あんなにあった牛乳もほとんどなくなり同じ場所に豆乳がたくさん並んでいた。かなり売れているようだ。

<役立ったもの>
ケフィア
・・ベターホームで推奨するヨーグルト状のものを作る際使う菌。以前当選して一回だけ作っていたが、今回ヨーグルトが手に入らないということで牛乳1リットルに入れて手作りしようと思い立った。寒い時期なので出来るまで3日かかったがヨーグルトが食べられるのは幸せ。牛乳が入手できる時にはこの方法もよい。

<所感>
震災後から気になっていたヒビについて今回調査してもらえたのはありがたかった。ただ実際に工事にきてもらえるのは当分先(3ヶ月後か半年後か)になりそう。
スーパーもだいぶ店内で買い物できるようになってきたが、チラシがなく定価で買わなくてはならないのがきつい。

 


●3月30日(水)・・・(震災20日目)
<ライフライン>
近くでガスの復旧作業車を見かけるようになった。ガスは閉栓→ガス管の修繕→ガス開栓という流れになるのであと少しというところか。
入浴施設に朝一で整理券を取りに行くも本日分はどの時間帯も配布終了とのこと。ただ地域によって今日ガスが復旧すればキャンセルで来ない人もいるので、キャンセル待ちで来てみるよう案内される。20時の10分前に着き様子を伺う。キャンセル待ちの列に30人ほど並んでいた。1時間で100名に整理券を配布しているのでもうダメかと諦めかけたが、何とその時間のキャンセルが多かったらしく無事入浴することが出来た。本当にラッキー。

<食料>
親戚、友人よりヤマト運輸で1件、レターパック500で2口の食料支援が届く。国産レモンに国産はちみつ、ドリンク剤など疲れをとるようなものもたくさん入っていて嬉しい。
北海道の友人から頼んでいた強力粉が届く。これでパンが焼けるとホームベーカリーの説明書を見ながら初トライ!4時間15分かかったが、パンを焼く香りに幸せを感じる。どこに行っても見当たらないパンを食べれるのは嬉しい。

<役立ったもの>
ホームベーカリー
・・当選品でしまいこんであったが、今回パンがスーパーの棚からすべて消えてしまい、急遽自分でパンを作ることにした。普段から材料を常備しておこうと思う。

<所感>
今日は小学校の離任式。式の日程は予定通りだが、この状況下では花束の調達もままならず。事前に学校から花はなし、お見送りのアーチもなし、離任される先生とは昇降口前でお話を・・と通達があった。ちょっと寂しい感じだが仕方がない。

 

 

●3月31日(木)・・・(震災21日目)
<ライフライン>
なるべく車を使わないようにしていたのでガソリンはほとんど減っていない。春休みの予定として震災前から予約していた山形の温泉に出かける。ホテルも一週間くらいは休業していたようだが営業再開でありがたい。温泉につかる。キャンセルが多いのか人影もまばら。節電の関係で照明が一部消されていたり、露天風呂もお湯を入れてなかったり影響はあるようだ。それにしても時間制限なしに心ゆくまで楽しめるお風呂の何と贅沢なことか。

<食料>
朝、昨日焼いたパンをいただく。パンの朝食は本当に久しぶりで嬉しい。
温泉に宿泊したので、夕食は米沢牛の蒸し鍋など今では見ることも出来ないようなお料理の数々に感激。家ではガスコンロ一つで三度三度作る毎日だが、上げ膳据え膳で手の込んだ心尽くしのお料理をいただけて涙が出そうなくらい。ついご飯もお代わりした。

<所感>
温泉、豪華なお料理と贅沢三昧の締めくくりとして夜マッサージを呼んでもらった。珍しく夫もお願いしてやってもらったが、あまりに肩が硬くなっていてびっくりされた。震災以降、余震の不安、情報不足、食料、ライフラインが整わないなどストレスがたまることが多かったけど、自分の体を顧みる余裕なんてなかったなあとつくづく思う。まさに今日は「生き返った」感じ。余震の心配なしに初めてぐっすり眠れたと夫の弁。

 


●4月1日(金)・・・(震災22日目)
<ライフライン>
山形は隣県だけど別世界という感じ。ホテルの土産物店も品揃えが多い。宮城はまだお店が開いていないところが多いので本屋、化粧品店にも立ち寄る。
驚いたことに山形ではガソリンスタンドに行列がない。一時はひどかったという話を聞いたが、すっかり解消しているようだ。もちろん満タン給油する。
帰宅すると、ポストに「ガス開栓不在のお知らせ」が入っていた。今日の午前中に来てくれたらしい。急いでガス局の番号に電話するも全くつながらない。ここで諦めて翌日回しにされると困るので、コートも脱がずに電話をかけ続けること40分。ピンポンが鳴り、ガス業者の方がきてくれた。不在だった家を自転車で独自に回っているらしい。「電話はつながらないでしょう」と同情された。中国地方のガス会社の制服だった。まだこの先2〜3週間は作業が続くらしい。慣れない土地での重労働にただただ感謝。
おかげさまで震災以来3週間でガスが復旧。お風呂に入れる。洗い物がお湯で出来る。食洗機が回せる。やっと電気、水道、ガスすべてが整った。

<食料>
ホテルでの朝食をいただいていると、震災があったことが夢のように感じる。たった一泊だったが一週間分くらいのパワーを心身ともにもらえた感じ。命の洗濯とはこのことだ。
山形からの帰り道、コンビニに立ち寄ると牛乳155円、ヨーグルト118円で販売されていた。点数制限もなかった。物資がかなり通常に戻ってきているのを実感。

<所感>
山形の温泉旅行は最高の気分転換になった。が、サービス業はこの震災以来厳しい経営が続いているらしく、聞いた話では老舗旅館など廃業に追い込まれた例もいくつかあると言う。山形新幹線もまだ通じていない中では集客も難しそうだ。震災、津波、原発とまだそれどころではない人も多いだろうが、利用できる人は利用して盛り上げていかないと影響はどんどん拡大化することだろう。色々考えさせられる旅だった。

 


<あとがき>

大震災から三週間、ようやく我が家のライフラインが整い、家の中にいる限りではほぼ平常の生活に戻った感があります。
しかし、ひとたび外に目を向けるとまだ通常とはいえないことの方が多いのが現実。
例えば、ごみの回収。焼却炉が壊れ、プラスチックごみは震災以来家庭保管を呼びかけられている。物置はごみ屋敷状態だ。

震災から一ヶ月たった4月11日。小学校が3日遅れで始業式を迎えた。
給食センターの被害が大きく、給食が出せない。最初の一週間は午前授業のみ。その後はパンと牛乳のみの簡易給食になることが決まっている。数ヶ月続くかとまで言われていて育ち盛りの子供達の発育が心配だ。
私がいつも使っているところも再開していないところが多い。4月11日時点で休業しているのは、本屋、化粧品店、美容院、洋服の店、テニススクール、料理教室、図書館、市民センター、映画館などなど。
何とか食べるものは手に入るようになったけど、生活のリズムが取れない感じが続いている。

食料支援で送ってくれたダンボールの中にアンパンマン関係のもの(カレー、チーズ、ソーセージ、グミなど)を入れてくれた方がいた。はじめは家の子供達がアンパンマンを喜ぶ年齢だと考え送られたのかと思ったが、「元気100倍!アンパンマン!」の応援メッセージが込められていると分かった時、胸がじーんと熱くなった。
その数日後、カーラジオから被災したキッズを応援する歌特集として「アンパンマンたいそう」のメロディが流れてきた瞬間、不覚にも涙が溢れてきた。
「もし自信をなくして くじけそうになったら
 いいことだけ いいことだけ 思い出せ・・・」
折りしも、仙台ではアンパンマンミュージアムが4月22日の開館予定だった。
今回の震災が起こらなければ、アンパンマンミュージアムに家族で訪れるのを楽しみにしていたであろうたくさんの子供達・・・。

季節は巡り、桜前線も東北まできている。
今年の桜は憂いの桜か、復興の桜か。
「がんばろう、宮城!」のスローガンを心に刻んで
いつもとは違った思いで見上げることになりそうです。

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 被災生活日記〜その3(完結編) 


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 懸賞サイト: 懸賞キャンペーン情報 de 当選品GET!
ご報告、ありがとうございました。
最後のほう、私まで涙がとまらなくなってしまいました。

ライフラインが整うのに3週間。
それがあの人口を抱える政令都市だなんて。
そのことに愕然とさせられます。
沿岸部の避難所はひっきりなしに報道されますが、仙台の様子はほとんど分かりません。
宅配便が有効なら、友人に荷物を送ってあげればよかった。
迷惑になっては・・なんて遠慮せずに、必要なものをしつこく尋ねればよかった。
今現在でも私にできることはあるんだろうか。
色々な思いが胸をよぎります。

それにしても、これだけのことを冷静に受け止めていらしたあずささんに感服します。
遠く離れた場所にいますが、一日も早く元の生活に近づくことができますよう、心からお祈りしています。
春には向かいますが、まだ肌寒い日もあろうかと思います。ご家族皆様、御身体にお気をつけください。
| Kako | 2011/04/17 10:07 PM |
kakoさん、コメントありがとうございます。
ちょっと長文になってしまい読むのが大変だったのでは?

私の住んでいる地域は幸い3週間でライフラインが整いましたが、
都市ガスが31万戸で復旧完了したと報道されたのは4/16のことでした。
余震は毎日あるのですが、その中でも4/7の23:32にあった震度6強の余震は、
3/11の再現を思わせるものでした。
私はテレビの語学番組を見ていたのですが、突然の激しい揺れに停電し、
夜中なので手探りで懐中電灯を探すところから難航しました。
家の中のものがガラガラと音を立てて落ち、
また手巻きラジオとアロマキャンドルをつけて一晩過ごしました。
翌朝すぐに大型のスーパーに車を走らせ、
行列の店頭販売で豆腐、パン、牛乳、卵などしっかり購入。
幸い、その日のうちに電気が復旧しましたが、
災害は本当にいつ来るか全く分からないのが恐ろしいところです。

沿岸部の状況と比較すると、これを「被災生活」と呼んで
いいのか迷いましたが、
普通の市民生活が行えない状態はやはり「被災」と言えますよね。
この異常な事態を何とか記録に残しておきたいという思いで
記憶の糸をたどりながらまとめてみました。
今回、何十年も声を聞いていない友達からも
たくさん連絡をもらいました。
気にかけてもらえるだけですごく嬉しかったです。
きっとkakoさんのお気持ちも十分伝わっているかと思います。

まだまだ余震、原発と不安材料が多いですが、おたがいに
防災意識だけは緩めずに過ごしていきたいものですね。
| あずさ | 2011/04/18 12:27 AM |









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