子育て期の楽しみ方と子育て後のライフスタイルを考えてます。
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「がんと放射線に関する講演会」

東京電力福島第一原発の爆発事故以降、「放射線」について国民の関心が高まっています。セシウムが基準値を超えて検出されたというニュースには特に敏感で、常に食品の安全性を考えて買い物をするようになったという方も多いのではないでしょうか?

そんな中、先日「がんと放射線〜暮らしと食生活〜」というテーマで行われた東京大学医学部附属病院放射線科の中川恵一氏の講演会に出かけてきました。中川氏は放射線治療が専門で、チェルノブイリや広島、長崎の原爆の話を取り入れながら放射線とがんの関係など詳しく説明して下さいました。先生は日テレの「世界一受けたい授業」やNHKの「あさイチ」にもご出演され、またこの1月に『放射線医が語る被ばくと発がんの真実』という本を出版されたそうです。

まずは、日本のがん事情について。日本は世界一のがん大国。日本人の二人に一人ががんになっているとか。先進国の中では日本だけがんが増えているのだそうです。がんは一種の老化とも言え、年齢と共に増えているとか。世界一の長寿国と言われる日本にがんが多いのも合点がいきます。
では、がんで死なないためにはどうしたらよいか?
まずはがんにならないのが一番。万が一なっても早期発見で完治させることが大事だそう。がんにならない生活習慣というのも聞きました。
1.タバコは吸わない
2.酒はひかえめ(真っ赤になる人は特に注意)
3.肉と塩分はひかえめに
4.野菜を十分に
5.運動
なるほど〜。日頃からあらためて意識したいものですね。

次に日本人の被ばくについて。
もともと自然被ばくは日本の平均で1.5ミリシーベルト。それに、医療被ばくが日本人平均で4ミリシーベルトあり、合計すると年間5.5ミリシーベルト。これが日本人のベースラインだそうです。それに公衆の被ばく限度1ミリシーベルトを加えた、合計年間6.5ミリシーベルトまでが許容量なのだそうです。
自然被ばくについてはあまり考えたことがなかったのですが、実は世界的にみると日本は少ないのだそうです。日本の1.5ミリシーベルト/年に対し、イギリス、イタリアが2.2、アメリカが4、中国が6。イランのラムサールは何と200〜250。これは温泉地だからだそう。また、医療被ばくもあなどれない数値です。CTスキャン一回で何と7ミリシーベルトになるとか。X線撮影しかり、飛行機に搭乗することしかり、実は普通に生活しているつもりでもずいぶん被ばくしているのですね。

被ばく量と発がんの関係では、広島と長崎のデータによると、100ミリシーベルト以下ではがんの増加は観察されておらず、100ミリシーベルトでがん死亡が最大0.5%増えるということが分かっているそうです。
チェルノブイリでは小児甲状腺がんだけが増え、約6000名がかかり、死亡が15名。日本でも子供の甲状腺から放射性ヨウ素による放射線が検出されたと話題になりましたが、実はその量は最も多い人で35ミリシーベルト。100ミリシーベルトにはほど遠い量です。チェルノブイリでは日本の1000倍以上の放射線だったことを考えるとあまり過敏に反応することもないのでは、と思われました。

空中の放射線量は、仙台の場合平時の値に戻っているそうなので極端に怖れなくてもよさそうです。ただ、被ばくを怖れすぎても、怖れなさすぎても健康被害が出るということなのでほどほどに怖れるのがよさそうです。
興味深いデータがあり、広島では被ばく後の平均寿命が延びたというのです。2005年のデータでは、広島市の女性の平均寿命は86.33歳で日本一だったとか!これは原爆の後人々が避難しなかったことと、被ばく者手帳によって無料で手厚い医療を受けられたことが原因では、と言われているそうです。
原発で避難されている方も多いですが、中には避難したことでうつ病になったり、アルコールに依存したりしてかえって寿命を縮めてしまうケースもあるとか。
中川氏は、福島県でも放射線による発がんは増えないだろうと予測されています。怖がりすぎによる健康被害を避けることが大事とのこと。

講演会は予定の1時間半を大幅にオーバーしました。質問も途中で打ち切りになるほど参加者の関心も高かったです。私ももっと知りたいこともたくさんあるので中川氏の著書『放射線医が語る被ばくと発がんの真実』を読んでみようと思っています。

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カードゲームで災害対応を考える☆

 9月1日は防災の日。各地で防災訓練が行われたり、スーパーでは防災グッズコーナーが設けられたりしています。例年のことながら、今年は特に震災後ということもあり違った感覚でとらえる方も多いのではないでしょうか?
この後の記事は、実は6月に参加した防災クラブの様子です。その時に書いていたものですがなかなかアップ出来ずにいました。防災の日ということで本日アップすることにしました。

 

「地域の防災クラブに参加しませんか?カードゲームをします」
という募集案内があり、カードゲームと防災がどう結び付くんだろうと興味本位で
参加してみました。

参加者は地域に住む主婦ら約30名。
最初に消防署の方から、3/11の東日本大震災と4/7の余震を振り返ってのお話がありました。仙台市だけで、建物被害は全壊が12,425棟、大規模半壊が4,903棟、半壊が10,734棟もあったと知り驚きました。人的被害もさることながら、建物被害も予想外に多かったんですね。そう言えば、私の身近なところでも住めなくなった人が何人もいます。

消防署は、震災直後から緊急要請の電話が鳴りっぱなしだったそうです。とてもすべてに対応できるものではなく、こうした意味からも地域の防災クラブの重要性を強調されていました。すべてを消防、警察に頼るのではなく、「自助」(自分、家族の安全確認、救助)、「共助」(町内会単位から小学校区での地域コミュニティの醸成)がとても大事だと学びました。
今回の震災では、ライフラインが途絶したことにより情報が乏しく、周りの方との口コミ情報をもとに行動することも多かったです。

そんなお話を聞いたあとで、メインのカードゲームタイムです。
名称は、災害対応カードゲーム「クロスロード」
クロスロードとは、英語で岐路、分かれ道のこと。いざ災害が起こった時、あなたはどう行動するかというのを様々なシチュエーションで「イエス」か「ノー」で答えるというもの。
今回は7人でグループを作って行いました。
まるで救急箱を大きくしたようなケースに、トランプのようなカードたくさんと、5センチ四方くらいのサイズの青座布団、金座布団が入っていました。(なんだかかわいい)
まず、全員一枚ずつ「イエス」「ノー」の札をもらい裏にして自分の前に置きます。
読み札には「一般市民編」「神戸編」など種類があります。今回は「一般市民編」の束を使いました。

一人が、読み札から好きなものを選んで一枚読み上げます。
例えば、
「あなたは受験生を持つ母親。災害が起き、受験生の息子は一か月以上ボランティアとして働いています。成績が芳しくない息子がこのままボランティアを続けていては受験に失敗するのではないか、と心配です。このままボランティアを続けさせますか?」
という設問。
みんな「イエス」か「ノー」の札を裏にしたまま自分の前に置きます。それを一斉に開いて、多数派になった方が青座布団を1枚もらえます。みんなが同じだった場合は、誰も座布団はもらえません。一人だけ別の意見だった場合は、一人だけ金座布団がもらえます。
その後で、私はこう思うから「イエス」にした、やっぱり「ノー」だと思うなど話し合いが始まります。
この受験生のケースでは、止めさせるという人が一人いました。(金座布団もらえました)実際に受験生のお母さんだそうで、浪人生だからボランティアは行かせなかったということでした。ちなみにもう一人大学生の息子さんがいて、そちらはボランティアに行かせたとのこと。

また別の設問では、
「あなたは主婦。お風呂の水は災害の時に大事だと聞きますが、貯めておくとお風呂の汚れも落ちにくくなるし、飲み水にも出来ないので貯めておく必要はないと思う」
というケース。
これも賛否両論ありました。今回の震災で、お風呂の水はトイレ用として非常に役立ったと感じた私は「ノー」。
家族が多いのでちょっと水を貯めてても意味なかったという人は「イエス」。中にはトイレは庭に穴を掘り、段ボールの囲いをして済ませてたから水はいらなかったという人も!

この災害対応ゲーム、昨年までなら想像だけで「イエス」「ノー」を出したのでしょうけれども、今回は3/11の大震災の後だっただけに皆、議論が白熱しました。
「会社を優先させるか、家族を優先させるか?」
「避難所から出ると医者にかかりにくくなるから、多少具合が悪くても避難所を出ない」などなどゲームに予定された一時間はあっという間に過ぎました。
地域の主婦の集まりといっても、ほとんど初対面の方ばかり。年齢層も上の方が多く、なるほどそんな考えもあるんだ、とカードをもとに色々考えさせられました。
クロスロードゲームは正解のないゲーム。
青座布団が9枚も貯まった私ですが、多数派に混じることが多かったようです。ケースバイケースで災害を日ごろから考えることは大事ですよね。
私も今回初めてこのゲームのことを知りました。最初は「災害のゲームなんて不謹慎じゃないの?」と思ったのですが、カードを通して災害について敷居を低くして考える良いきっかけになりました。もっとこのゲームの知名度が高まればいいのに、と感じています。

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5か月遅れのベターホーム♪

 大震災から今日でちょうど5か月。長いようなあっという間だったような・・・。まだまだ爪痕は深く、元通りの生活とは言えませんが、一歩ずつ復活してきているのは確かです。その一つ、私が長年通っているベターホームの仙台教室も7月30日からようやく再開。3月に受けるはずだった教室に先日5か月ぶりで参加してきました。

入口では、久しぶりにお会いする先生が笑顔で迎えて下さいました。一人一人にクッキーの小袋を手渡しています。
「これは私たちが昨日焼いたクッキーです。ベターホームが再開して皆様がお越しになってくれた感謝の気持ちを込めました。」
今までこんな形でプレゼントされたことはありません。先生たちも休業中大変な思いをされたことでしょうけれども、再開、そして再会できて本当に良かった。

席に着くと、同じテーブルの方と震災の苦労話が尽きません。
「それは大変でしたね」「もう二度とあんな思いはしたくないですね」「○○のお店も閉店してしまったんですよね」・・・。
そして講師の先生のお話が始まりました。3月のレシピのテーマは「持ち寄りパーティー」。本日のメニューは、ケークサレ、豚ひれ肉のポットローストサンド、カリフラワーの白ワインマスタードサラダ、パンナコッタレモンチェロ風味の4品。
「では、まず水で戻したドライトマトを5ミリ角に切ります。」
いつものように、手際良くドライトマトを切る姿に「これが幸せな日常だったんだなあ」と妙に感動。
説明の後、自分たちもテーブルの食材に取りかかりました。久しぶりの料理教室では、勘が鈍って(?)後に入れる薄力粉を先に入れてしまうハプニングもありましたが(すみません)、皆で協力して完成した時の喜びはひとしおでした。
試食をしながら「これは持ち寄りで喜ばれそうだね」と賑やかにおしゃべりしていると、震災のことも忘れて前向きな気持ちになれました。

ベターホームで大きな被害と言えば食器だったそうです。教室の廻りを取り囲むようにぐるっと食器棚がありますが、そのほとんどが落ちて割れたとか。東京の本部から取り寄せて今は前と同じようになっていますが、一つ違うのは観音開きの扉にひもがくくりつけられていて、使わない時は縛っておくようになったこと。まだ油断できないですからね。

あとは嬉しいお知らせもありました。仙台教室限定キャンペーンですが、秋からのクラスに入会すると2000円分のお買いもの券が全員にプレゼントされるのです。(もちろん私も申し込みました)被災のお見舞いの意味で・・・ということでした。
月に一回のベターホームですが、やはりお料理を習うのって楽しいですね。震災前の日常を一つ取り戻せて幸せな気持ちになれました。

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思いがけないお見舞い☆

 先日、長年愛用しているファンケル化粧品から「お見舞い」と書かれた箱が届きました。何だろうと急いで開封してみると、中にはサプリメントの「マルチビタミン」1袋と「化粧液DXしっとり」が1本入っていて手紙が添えられていました。

大切なお客様へ

謹啓
 このたびの東日本大震災により、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして謹んでお見舞い申しあげます。また、皆様方のご不便やご不安はいかばかりかと拝察申し上げます。
 今回の大震災では物流等のライフラインも大きな影響を受け、お客様に各種ご案内をお送りすることができず、弊社といたしましても、もどかしい思いでございました。しかしながら、徐々に、復旧の兆しが見え始めました為、今回お便りをお送りした次第でございます。
 つきましては、心ばかりではございますが、少しでも皆様のお役に立てればと思い、下記の品をお送りさせていただきました。

(以下略)

私は20代前半から基礎化粧品はずっとファンケルを使っていますが、こんな形でお見舞いをいただけるとは思ってもみませんでした。企業が被災地に義援金を送っていることはよく耳にしますが、顧客にお見舞いを贈ってくださるなんて!しかも、マルチビタミン(630円)は一粒で一日に必要とされているビタミンをバランスよくとれるという商品ですし、化粧液(1785円・これは普段から使ってます)は、しっとりなめらかな肌になるタイプ。被災者のことをよく考えて吟味していただいているようで、その心遣いに胸が熱くなりました。

思い起こせば、震災の後、化粧品の購入には苦労しました。
いつも利用していたファンケルショップは休業を余儀なくされ、ならばとオンラインショップで注文しようとするも、宮城県は被災地なので受付できないとの案内。仕方がないので、関東にいる友人にお願いして送ってもらったり、山形に行った時にショップを探して購入したりと一ヶ月半以上不自由さは続きました。

ファンケルでは、毎年誕生月にはバースデーカードを添えて誕生日プレゼントも送ってくれます。その様子は2005年と古い記事ですが「基礎化粧品ならファンケルがおすすめ☆」で書いていますので興味のある方はどうぞ。

最近、年賀状だけのやり取りになっていた友人から突然電話がきました。こちらの様子が気になりつつも、大変な状況かも知れないと遠慮していたそうです。久々に声を聞いて話は弾み、気がつくと一時間以上経過していました。
ファンケルからのお見舞い、友人からの電話のお見舞いと、震災からはだいぶ経ちましたがすごく力になって励まされますね。私も何かあったらそんな心遣いの出来る人になりたいなと思います。

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ああ切望の完全給食★

 3.11の大震災から早や二ヶ月。スーパーの棚は震災前とほぼ同じ品揃えになり、日替わり品を掲載したチラシも入るようになりました。主婦としては毎日の食事作りもスムーズに出来るようになったと嬉しく感じるこの頃ですが、ただ一つ増えた仕事が子供達のお弁当作り。ゴールデンウィーク明けの5月9日からおかずを家から持参するスタイルが始まったのです。

市内の給食センターが被災して使えないということで、始業式から一週間は午前授業のみで下校。その翌週の4月18日から28日までは簡易給食ということでパンと牛乳のみ提供されました。パンは3種類(ソフトドックパン、チーズパン、ココアパン)のローテーション。それに200mlの牛乳が1本つくという。これじゃあおやつみたいなもの。とても満腹になるわけがありません。下校してきた小4の息子に聞いてみると、
「先生がゆっくり味わって食べなさいと言ったよ。普通に食べると5分もかからないで終わってしまうから。」との弁。
何だか不憫になりました。

この簡易給食の件が全国ニュースで流れると、遠くの知人、親戚から心配の電話がきました。
「まだ物資が不足しているの?ラップとか食料とか送ろうか?」
「いえいえ、物資は入ってくるようになったのですが、給食は学校長の判断でパンと牛乳だけになっているんです。うちの学校長は沿岸部の避難所で暮らす子供達と同じ痛みを味わってもらいたいとおっしゃっています。」
「まあ、それは子供のためには良くないわね。」

報道によれば、パンと牛乳のみの簡易給食ではカロリーは440kcalで小1、2年生に必要なカロリーにも満たないと言う。日本では戦後の何年間かは簡易給食だった時期があるが、それ以外では事例がないとのこと。いくら想定外の被災といっても、市内で食料が手に入らないわけではないのに、どうして子供達にひもじい思いをさせなくてはならないのだろうか。
教育委員会は、学校ごとにおかず持参にするか、そのままでいくか判断を任せてご理解とご協力を、と言うけれども無責任すぎるように感じます。実際には近くの学校ですぐにおかず持参を実施したところもあり、ばらつきが出ています。
私としては、成長期の子供達に精神的、栄養的に悪影響が出るのがとても心配でした。帰宅した子供達はいつになくイライラしているし、宿題もやる元気が出ない様子。何とかおかず持参、あるいはおかずのみ別の業者から調達するなど手段を講じないと、5月からは運動会の練習も、クラブ活動もありとても体力が持ちそうにありません。この状況は7月頃まで続くと言われているので早いうちに声を上げないとかわいそうです。

そんな折、ちょうど学校から「震災後の心のケア」について意見、要望などの用紙が配られたので簡易給食に関する要望を書いて提出しました。するとすぐに学校側から電話が。
「お母様のご心配な様子はよく分かりました。あともう少し我慢してもらえれば主食給食になりますのでご安心ください。」
「主食給食といってもご飯の日があるくらいであまり量は変わらないように思うのですが・・。それと私は、保護者にアンケートを取ってほしいとも書いたはずですが・・・。」
「アンケートはやりません。ゴールデンウイーク明けから主食給食になるのと同時におかずを持参してよい、としましたから。」
「でも、おかずを持参できない事情がある家庭もあるのではないでしょうか。どこか業者に発注できる体制をとれないものでしょうか。」
「おかず持参は強制ではありません。持ってこなくてよいご家庭はそのままでよいのです。」

そのままでよいと言われてもねえ。実際には持ってくる家庭が多いのでしょうけれども、学校から急に一枚「連絡」としておかずを持参してもよい、と言われても何だか一方的すぎるような・・・。津波で犠牲になったお母さんもいるのです。
主食給食というのは、パンまたはご飯と牛乳の給食で、日によってデザートまたは添加物(ジャム、チーズ、海苔、ふりかけ)がつくというもの。パンだけよりは進歩しているとはいえ、ご飯と牛乳の日もあるわけで、それならパンと牛乳の組み合わせの方がまだまし?

献立表を見て娘の担任が「明日はデザートにりんごがつきます。お弁当にはりんごを入れないようにしないとね」とおっしゃったというのに、ふたを開けてみれば「りんご」ではなく「りんごジャム」だったそうな。またある日の献立には「かわりごはん(具はしそ)」とあったのでしその炊き込みご飯かと思ったら、何のことはない「しそふりかけ」が一つついただけだったとか。事実と異なる表記の献立表って意味があるのかしら。

そんな経緯で、毎朝お弁当(おかず)を作るのが日課になっています。おかず持参の初日は「おかずが多すぎて時間内に食べるのが大変」と子供達から苦情が出ましたが。パンやご飯の分量が分からないので作りにくいんですよね。毎日はちょっと負担ですが、それでも野菜やお肉など栄養面でも多少カバーできてるし、何より子供達が「今日のお弁当おいしかったあ」と喜んでくれるようになったのが救いです。養護教諭の先生も「お弁当になってから子供達が元気になった」とおっしゃっているそう。
食育だ、栄養のバランスだとあんなに熱心だったのに、震災以降は一切そんなことを言わなくなった学校。非常時だって臨機応変に対応してもらいたいものです。幼稚園でも給食を業者に発注しているところもあるんだから、どこか一時的に業者に一括発注する方法だってあると思うんですよね。結局のところ、おかず分の食費は各家庭で増加しているわけだし。

給食費で言えば、簡易給食(パンと牛乳のみ)だと単価は106円。完全給食(普通の給食)は225円。7月までは完全給食が出せないと言いながら、4月の8日間以外は完全給食の給食費を取ると言う。これもちょっと納得できない。差額は年度末の3月に調整すると言われたけど、その莫大な事務処理を考えるととても効率が悪いような気がします。完全給食は出せてないんだから、簡易給食の費用で取られるならまだ分かるけど。いかにもお役所的。

今だから、給食が出せる出せないことが話題になってますが、それ以前は給食費の滞納が問題になってたんですよね。ここで提案です。いっそのこと給食費は義務教育の間は無料にしませんか。そうすれば滞納問題も解決、年度末に給食費の差額を調整なんてことももっと簡単に終わると思うんですけどね。
とりあえずは、一日も早く給食センターから温かい給食が届けられることを切に願っています。

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被災生活日記〜その3(完結編)

 その3・・・東日本大震災から15日目〜22日目(3/25〜4/1)
『GSまでの遥かなる道のり』

●3月25日(金)・・・(震災15日目)
<ライフライン>
朝7時半に自転車で二箇所のガソリンスタンドの状況を見に出かける。風は冷たく、眼鏡が曇って前が見えない。何度も自転車を止め眼鏡を拭く。前日チェックした整理券配布のガソリンスタンドから車列が延々続いている。200台に入れればいいんだよね、とざっくり車の台数を数えながら列の後方に自転車を進める。まさかと思ったが車はずっと先の角を曲がり、次の角も曲がり、さらに曲がって元いた場所の近くまで到達していた。アバウトながらこのあたりで180台目くらい。夫に電話している間も次々車が最後尾に付く。「今すぐ来れば何とか間に合うかも!」焦りながら電話する私に「並ぶ間もガソリンがなくなるから今日は止めよう」と夫。仕方なくもう一箇所のガソリンスタンドに向かう。こちらは全く車列が見当たらず。今日は営業しないのか?何とも空しい。

<食料>
前日から店内に入れるようになったスーパーに牛乳を求めて出かけた。昨日は行列しないで入れたのに今日はまた行列している。入場制限があり1時間後にようやく入店。牛乳の棚に1本だけ牛乳が!ヨーグルトの棚にプレーンヨーグルトが1つだけ残っていた。かるた取りのようにすかさず手を伸ばす。精肉コーナーも品揃えが限られている。昨日は鶏肉のみ。今日は合挽き肉があったので子供達の好きなハンバーグを作ることにする。
友人からヤマト運輸の営業所止めで1件食料と雑誌、サプリが届く。こちらでは当分買えそうもない。

<役立ったもの>
自転車
・・ガソリン不足で動けない時、自転車があって本当に助かった。ジムで運動できない分自転車こぎで運動不足解消にも一役買ったかも。

<所感>
今日こそは、と意気込んだはずのガソリンだったが不発に終わってしまった。どうも前日の夜から車を置き去りにして並んでいるらしい。友人は車にわざと傷をつけられたと話していた。タイヤをパンクさせる輩もいるとか。友人いわく「みんなガソリンが入らなくて殺気立っている」まさにそんな感じだ。
ガソリンが入ったら温泉につかりたい。その一心で秋保温泉のホテルを片っ端からWEBでチェック。被害が大きく休業していたところがほとんどだが、日帰り温泉のみ受け入れ始めたらしい。シャワー、シャンプー不可のところもある。時間制限つき。大人500〜800円と通常の営業よりは安いが混むんだろうな。まずはガソリン入れないと。明日は思い切って朝5時から今日営業していなかったガソリンスタンドに並んでみることにする。(一日おきにやっているという噂を聞いた)

 


●3月26日(土)・・・(震災16日目)
<ライフライン>
ガソリンを入れようと思って三日目となる。まず夫が朝5時に並び、7時に私が自転車で行って交代という段取りを決める。あとは流れ次第。並びに行った夫から「13番目だ」と連絡あり。今日こそ大丈夫と喜んで交代に行くと夫が浮かない顔をしている。ノーチェックだった別のGSにスタッフの姿が見えるが、並んでいるGSには人影がないと言う。向こうに並んだ方がいいのか?自転車でそのGSの車列を見に行く。当然のことながら長い。8時になりそこがオープン。こちらは気配すらない。
9時になり我が家の前に並んでいた車が一台、また一台と抜けていく。見切りをつけてオープンしているGSに向かったようだ。どうしよう。順番は3番目になっていた。踏ん切りがつかないまま10時になった。
とその時、外の様子を伺っていた中年男性が叫ぶ。「タンクローリーが来たぞ!!」
ヤッター!!やっぱり抜けなくて正解だった〜!!と喜びも束の間、タンクローリーを見守る近くの客が騒然となった。夫も血相変えて戻ってきた。
「ひどいよ。タンクローリーがきたけど今日明日は営業しないって言ってる」
「え、何で?」
「人員の確保が出来ないからだってさ。このGSの支店の番号を調べて電話しよう」
104でそれらしき支店の番号を教えてもらう。若い男性がすぐに出た。
「お客様のお気持ちは分かりますが、営業するには20〜30人の人員を確保して車列整理もしないといけないのでそこのGSは開けられないんですよ。みんな他のGSに応援に行ってるので今から確保は出来ないんです。」の一点張り。
「じゃあせめて今日明日は営業しないと張り紙を出したらどうですか。みんな並んで待ってるんですよ」夫が促すもなしのつぶて。タンクローリーに立ち会うスタッフが一人いたが、怒声が飛び交う中知らん顔で立ち去ってしまった。
もう一つのGSに並ぶしか選択肢はなくなった。しかし今からで間に合うのか?とその時そのGSにタンクローリーが入っていくのが見えた。「これならきっと間に合う」そう信じて長い長い列の最後尾についた。
ここからまだ長い時間がかかる。腹が減っては・・ということで私が近くのスーパーにお弁当を調達に行く。10メートルほど前進した車に乗り込み、から揚げ弁当をほおばる。留守番している子供達にはカップうどんを食べておくよう電話。
とその時、嫌な感じがした。
エンジンがかからない。バッテリーが上がってしまったのだ。
私が運転席に座ってハンドルを握り、夫がゆっくり車を押す。そんなことを繰り返している間もディーラーやカー用品の店に問い合わせ。カー用品の店には類似のバッテリーがあるらしい。しかしこの状況からどうする?
万事休すかと思われた時、親切な車が一台横付けになり、ケーブルをつないでくれた。
エンジンがかかった!
神様のようにありがたく、その男性に何度も何度も頭を下げる。
エンジンを切れないので、ふかしたままGSまでたどり着かなくてはならない。途中、坂道に差し掛かった時、給油ランプが点灯した。
「あと少し、お願いだからガソリンスタンドまで走って!」祈るしかない。
午後2時半、GSに着いた時フーッと大きなため息が出た。幸いGSにも類似のバッテリーがありすぐに交換してもらえた。ガソリンは満タン入れ出来た。
「あと10台です」とスタッフの声が聞こえた。どうやら私達は完売ギリギリにいたらしい。

<食料>
ガソリンの車列に並んでいる際立ち寄ったスーパーは、前日から営業を再開したばかりの店舗だった。お弁当があったのもこの時期キセキに近いくらい。また牛乳が4〜5種類のメーカーから入っていて難なく1本買えたのもラッキーだった。
GSからの帰り道、飲食店がオープンしているのに気がつく。電話してみると夜8時まで営業しているという。メニューは限定的だが、夕食は震災後初めての外食。

<役立ったもの>
インターネットによる情報収集
・・災害時でなくとも情報収集はネットが便利な時代になったが、個々のお店の情報などはテレビのテロップにはほとんど出てこないので日々検索していた。

<所感>
長い一日だった。ガソリンを入れるため9時間半も費やす結果となった。精根尽き果てた気分だったが、18日をもって休業していた入浴施設がこの日の午後から再開したと知り整理券ゲット。まだ知れ渡っていないせいか17時からの回に入ることが出来た。4日ぶりの入浴。ちょっとぬるめのお湯だったが疲れを癒すには十分だった。

 


●3月27日(日)・・・(震災17日目)
<ライフライン>
懸案の最重要項目だったガソリン問題が我が家ではひとまず解決。これは精神的にも大きい。また今日もガソリン行列は続いている。車は極力乗らないようにする。
○○ではガスが復旧したという話を聞くようになる。ガス局のHPをチェックしてみるも大雑把な表なのでいつ自分の地域に来るのかよく分からない。カセットボンベの残りはあと5本。10日以内に復旧しないとお手上げだ。今か今かと待ち望む日々。

<食料>
義姉よりABCクッキングで作ったいちごのマカロンが届く。これはもともと私が当選したABCのレッスンチケットで3/12に仙台のABCで作るはずだった。震災のためABCが無期休校となり義姉にチケットを譲る。好きなレッスンに参加できますと書き添えたが私達を喜ばせようといちごのマカロン作りに参加してくれたようだ。マカロンなんて本当に久しぶり。感謝の気持ちでかみしめる。

<所感>
3/23より花き市場が再開したとニュースで知り、久しぶりにお花を購入。こうした普通のことが出来るだけで喜びを感じる。震災の影響で延期していた子ども会の役員引継ぎが行われた。まだ活動を考えるというよりはお互いの安否の話題で盛り上がる。

 


●3月28日(月)・・・(震災18日目)
<ライフライン>
お風呂情報で今日の夕方から入れるところがあり整理券ゲット。男性の方はあまり混まなかったらしいが、女性の方は洗い場がすぐ満員になりしばらく行列。浴槽はまさに芋の子を洗うような混雑ぶり。時間制限でゆっくりは出来ないが二日ぶりにさっぱりする。

<食料>
この日から店内で買い物ができるようになったスーパーに行く。種類は少ないが品数は結構豊富。同一商品5点まで購入できるというので牛乳を2本ゲット。この時期2本買えるお店は他にない。
遠方に避難していた友人が荷物を取りに一旦帰宅。原発のニュースなど見て野菜が不安だろうと向こうの新鮮な野菜をたくさんお土産にいただく。ありがたい。
他に1件、知人より食料支援が2箱届く。ヤマト運輸が宅配してくれるようになったので本当に助かる。今まで当たり前だったことの一つ一つに感謝する。

<所感>
頑張ればお風呂も二日に一回くらい入れるようになってきた。お風呂に入れるだけで寝つきが違う。夕食はファミレスが営業再開していると知り行ってみた。ドリンクバーの一部が故障(地震の影響かは不明)していたのは残念だったが、たまに利用していたお店に普通に入れて普通に食事できたことが嬉しい。

 


●3月29日(火)・・・(震災19日目)
<ライフライン>
夫が震災後住宅メーカーに耐震診断を依頼していたが、今日たまたま時間が空いたということが早速見に来てくれた。多少のヒビはあるもののすぐに直さないと危険というほどではないと知りホッと一安心。新潟中越地震の時現場を経験した方でとても詳しい。この家はつぶれないと太鼓判を押してもらえたのでよかった。同じ学校区でも立地によっては住めなくなり引越した人もいる。本当に気の毒だ。

<食料>
パン作りに欠かせない強力粉を友人から送ってもらえることになった。改めて材料を確認していると、ドライイーストが国産に限ると書いてある。我が家にあるのはフランス産。そのために失敗するのは困るので、昨日行ったスーパーに再度出かけてみる。昨日見かけたような気がするが、同じ場所には影も形もなくなっていた。店員に聞いてみると「製菓コーナーにあるかも」と言う。ラスト5箱あり2箱購入。昨日あんなにあった牛乳もほとんどなくなり同じ場所に豆乳がたくさん並んでいた。かなり売れているようだ。

<役立ったもの>
ケフィア
・・ベターホームで推奨するヨーグルト状のものを作る際使う菌。以前当選して一回だけ作っていたが、今回ヨーグルトが手に入らないということで牛乳1リットルに入れて手作りしようと思い立った。寒い時期なので出来るまで3日かかったがヨーグルトが食べられるのは幸せ。牛乳が入手できる時にはこの方法もよい。

<所感>
震災後から気になっていたヒビについて今回調査してもらえたのはありがたかった。ただ実際に工事にきてもらえるのは当分先(3ヶ月後か半年後か)になりそう。
スーパーもだいぶ店内で買い物できるようになってきたが、チラシがなく定価で買わなくてはならないのがきつい。

 


●3月30日(水)・・・(震災20日目)
<ライフライン>
近くでガスの復旧作業車を見かけるようになった。ガスは閉栓→ガス管の修繕→ガス開栓という流れになるのであと少しというところか。
入浴施設に朝一で整理券を取りに行くも本日分はどの時間帯も配布終了とのこと。ただ地域によって今日ガスが復旧すればキャンセルで来ない人もいるので、キャンセル待ちで来てみるよう案内される。20時の10分前に着き様子を伺う。キャンセル待ちの列に30人ほど並んでいた。1時間で100名に整理券を配布しているのでもうダメかと諦めかけたが、何とその時間のキャンセルが多かったらしく無事入浴することが出来た。本当にラッキー。

<食料>
親戚、友人よりヤマト運輸で1件、レターパック500で2口の食料支援が届く。国産レモンに国産はちみつ、ドリンク剤など疲れをとるようなものもたくさん入っていて嬉しい。
北海道の友人から頼んでいた強力粉が届く。これでパンが焼けるとホームベーカリーの説明書を見ながら初トライ!4時間15分かかったが、パンを焼く香りに幸せを感じる。どこに行っても見当たらないパンを食べれるのは嬉しい。

<役立ったもの>
ホームベーカリー
・・当選品でしまいこんであったが、今回パンがスーパーの棚からすべて消えてしまい、急遽自分でパンを作ることにした。普段から材料を常備しておこうと思う。

<所感>
今日は小学校の離任式。式の日程は予定通りだが、この状況下では花束の調達もままならず。事前に学校から花はなし、お見送りのアーチもなし、離任される先生とは昇降口前でお話を・・と通達があった。ちょっと寂しい感じだが仕方がない。

 

 

●3月31日(木)・・・(震災21日目)
<ライフライン>
なるべく車を使わないようにしていたのでガソリンはほとんど減っていない。春休みの予定として震災前から予約していた山形の温泉に出かける。ホテルも一週間くらいは休業していたようだが営業再開でありがたい。温泉につかる。キャンセルが多いのか人影もまばら。節電の関係で照明が一部消されていたり、露天風呂もお湯を入れてなかったり影響はあるようだ。それにしても時間制限なしに心ゆくまで楽しめるお風呂の何と贅沢なことか。

<食料>
朝、昨日焼いたパンをいただく。パンの朝食は本当に久しぶりで嬉しい。
温泉に宿泊したので、夕食は米沢牛の蒸し鍋など今では見ることも出来ないようなお料理の数々に感激。家ではガスコンロ一つで三度三度作る毎日だが、上げ膳据え膳で手の込んだ心尽くしのお料理をいただけて涙が出そうなくらい。ついご飯もお代わりした。

<所感>
温泉、豪華なお料理と贅沢三昧の締めくくりとして夜マッサージを呼んでもらった。珍しく夫もお願いしてやってもらったが、あまりに肩が硬くなっていてびっくりされた。震災以降、余震の不安、情報不足、食料、ライフラインが整わないなどストレスがたまることが多かったけど、自分の体を顧みる余裕なんてなかったなあとつくづく思う。まさに今日は「生き返った」感じ。余震の心配なしに初めてぐっすり眠れたと夫の弁。

 


●4月1日(金)・・・(震災22日目)
<ライフライン>
山形は隣県だけど別世界という感じ。ホテルの土産物店も品揃えが多い。宮城はまだお店が開いていないところが多いので本屋、化粧品店にも立ち寄る。
驚いたことに山形ではガソリンスタンドに行列がない。一時はひどかったという話を聞いたが、すっかり解消しているようだ。もちろん満タン給油する。
帰宅すると、ポストに「ガス開栓不在のお知らせ」が入っていた。今日の午前中に来てくれたらしい。急いでガス局の番号に電話するも全くつながらない。ここで諦めて翌日回しにされると困るので、コートも脱がずに電話をかけ続けること40分。ピンポンが鳴り、ガス業者の方がきてくれた。不在だった家を自転車で独自に回っているらしい。「電話はつながらないでしょう」と同情された。中国地方のガス会社の制服だった。まだこの先2〜3週間は作業が続くらしい。慣れない土地での重労働にただただ感謝。
おかげさまで震災以来3週間でガスが復旧。お風呂に入れる。洗い物がお湯で出来る。食洗機が回せる。やっと電気、水道、ガスすべてが整った。

<食料>
ホテルでの朝食をいただいていると、震災があったことが夢のように感じる。たった一泊だったが一週間分くらいのパワーを心身ともにもらえた感じ。命の洗濯とはこのことだ。
山形からの帰り道、コンビニに立ち寄ると牛乳155円、ヨーグルト118円で販売されていた。点数制限もなかった。物資がかなり通常に戻ってきているのを実感。

<所感>
山形の温泉旅行は最高の気分転換になった。が、サービス業はこの震災以来厳しい経営が続いているらしく、聞いた話では老舗旅館など廃業に追い込まれた例もいくつかあると言う。山形新幹線もまだ通じていない中では集客も難しそうだ。震災、津波、原発とまだそれどころではない人も多いだろうが、利用できる人は利用して盛り上げていかないと影響はどんどん拡大化することだろう。色々考えさせられる旅だった。

 


<あとがき>

大震災から三週間、ようやく我が家のライフラインが整い、家の中にいる限りではほぼ平常の生活に戻った感があります。
しかし、ひとたび外に目を向けるとまだ通常とはいえないことの方が多いのが現実。
例えば、ごみの回収。焼却炉が壊れ、プラスチックごみは震災以来家庭保管を呼びかけられている。物置はごみ屋敷状態だ。

震災から一ヶ月たった4月11日。小学校が3日遅れで始業式を迎えた。
給食センターの被害が大きく、給食が出せない。最初の一週間は午前授業のみ。その後はパンと牛乳のみの簡易給食になることが決まっている。数ヶ月続くかとまで言われていて育ち盛りの子供達の発育が心配だ。
私がいつも使っているところも再開していないところが多い。4月11日時点で休業しているのは、本屋、化粧品店、美容院、洋服の店、テニススクール、料理教室、図書館、市民センター、映画館などなど。
何とか食べるものは手に入るようになったけど、生活のリズムが取れない感じが続いている。

食料支援で送ってくれたダンボールの中にアンパンマン関係のもの(カレー、チーズ、ソーセージ、グミなど)を入れてくれた方がいた。はじめは家の子供達がアンパンマンを喜ぶ年齢だと考え送られたのかと思ったが、「元気100倍!アンパンマン!」の応援メッセージが込められていると分かった時、胸がじーんと熱くなった。
その数日後、カーラジオから被災したキッズを応援する歌特集として「アンパンマンたいそう」のメロディが流れてきた瞬間、不覚にも涙が溢れてきた。
「もし自信をなくして くじけそうになったら
 いいことだけ いいことだけ 思い出せ・・・」
折りしも、仙台ではアンパンマンミュージアムが4月22日の開館予定だった。
今回の震災が起こらなければ、アンパンマンミュージアムに家族で訪れるのを楽しみにしていたであろうたくさんの子供達・・・。

季節は巡り、桜前線も東北まできている。
今年の桜は憂いの桜か、復興の桜か。
「がんばろう、宮城!」のスローガンを心に刻んで
いつもとは違った思いで見上げることになりそうです。

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 被災生活日記〜その3(完結編) 


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被災生活日記〜その2

 その2・・・東日本大震災から8日目〜14日目(3/18〜24)
『食料とお風呂を求めて!』

●3月18日(金)・・・(震災8日目)
<ライフライン>
朝7時より入浴施設に整理券を求めて並ぶ。早朝にも関わらず信じられないくらいの長蛇の列。無情の雪が舞う中、赤ちゃんを抱っこしたお母さんやご高齢の方も並んでいる。1時間に100人限定で入浴ということだったが、並んで1時間半後に受け取れた整理券は営業開始から10時間後の18時からのもの。つまり1000番目くらいに並んでいたことになる。
一旦家に戻るとこの地区で水道が出るとの情報が入った。洗面所の蛇口をひねると本当に水が出た!夢じゃない。ヤッター!!思わず拍手してしまった。この瞬間からトイレの水の心配から解放される。電気と水道が揃ったので一週間ぶりに洗濯機が回せた。食器や野菜を洗うのも流水が使える。(お湯じゃないので手が赤くなるけど)
18時からは一週間ぶりのお風呂。時間限定なので急ぐも洗い場は既に一杯。洗い場待ちの列に並びようやくお風呂に入れた時は最高の気分。お風呂は汚れを落とすだけでなくリラックス効果もある。体が温まったおかげでぐっすり眠れた。

<食料>
本日も雪。3/16の食料支援のおかげでスーパーには並ばずに過ごす。ただ三食全部家で食べるので現在の食料も万全とは言えない。スーパーも並んでみないと何が買えるか分からない。日々変化しているので明日は生鮮品を求めて並んでみようと思う。

<役立ったもの>
アルコール除菌スプレー
・・水道が出ない時はまな板、包丁の洗浄も普段通りには出来ない。衛生面で安心できるよう片付けの最後に除菌スプレーを吹きかけておいた。調理前にも両手に吹きかけた。

<所感>
何と言っても今日はお風呂デー。震災後初風呂。お風呂がこんなに気持ちいいなんて!ただその入浴施設は残念なことに重油切れのため今日が最後。次にお風呂に入れるのは一体いつになるんだろう。
水を汲みにいく必要がなくなったのは大きい。震災後8日目にして電気、水道は復旧。残るはガスだが、一時数ヶ月もかかるかと言われたものの新潟からのパイプラインが使えることが判明し、一ヶ月から一ヶ月半で復旧できる見込みとなった。待ち遠しい。

 


●3月19日(土)・・・(震災9日目)
<ライフライン>
たまった洗濯をする。洗濯物が風になびくのがまぶしい。
友人の地区はまだ断水が続いていると聞き、出番がなくなったポリタンクの水(20リットル×3本)を届けた。

<食料>
また朝8時からスーパーの店頭販売の列に並ぶ。お目当ての生鮮品はなかった。他県でも食料品の棚はものによって空っぽだと電話で聞いたが、被災地へ優先的に送るためと言われた人もいた。こちらではレトルトごはんやカップ麺すら並ばない。食料はどこにあるのか。

<役立ったもの>
佐川急便の営業所受け渡しサービス
・・3/20より佐川急便が直接営業所に荷物を持ち込めば、受け取り先の営業所止めで送れるサービスを開始。食料支援を待ち望んでいる我が家にも朗報。

<所感>
パンが食べたいがスーパーの店頭販売には全く登場しない。そうだ、パンがなければ自分で焼こう!眠っていた当選品のホームベーカリーを引っ張り出し材料を書き出してみる。こちらでは材料も探せないので夫の友人に頼んで送ってもらうことになった。

 


●3月20日(日)・・・(震災10日目)
<ライフライン>
ガソリンがないので車には乗らないようにしているが、灯油が底をついてきている。灯油を買いに行くには車が必要。ただどこで確実に買えるという情報がないので出かけるのは危険。どうしようかと思っていたら、スーパーからの帰り道、偶然にも灯油販売車がゆっくり住宅街を走るのを見かける。いつもなら鳴らすメロディも鳴らしていない。お得意様だけ回っているのか。思わず車に駆け寄り「灯油買えませんか?」と聞くと「何軒か回ってからでよければいいよ」との返事。3缶分(54リットル)が5250円だった。新潟からきた灯油だと言う。本当にラッキーだった。

<食料>
日課になったスーパーに朝8時から並ぶ。並んでいる時前にいた人が「○○スーパーではお弁当や揚げ物も買えた」というのを聞き驚く。だいぶスーパーによって販売格差があるようだ。私が並んでいるスーパーは今日はにんにく、パプリカ、しめじ、真っ青なバナナは買えたが主菜になるようなものは何もない。午後一で遠いスーパーに自転車で様子を見に行くも「本日終了」のダンボールが掲げてあった。そのスーパーを利用してるであろう友人にメールで状況を聞く。人数制限はあるが店内に入って買い物できるらしい。明日はこのスーパーに並ぶことにする。

<役立ったもの>
ヤマト運輸の営業所受け渡しサービス
・・佐川に続きヤマト運輸でも3/21 12:00より営業所止めで荷受スタートすることがWEBで分かった。ヤマトの方が営業所が多い分送りやすいのではと期待。

<所感>
近場のスーパーだけ徒歩で通っていたが、未だに店頭販売のみでは品揃えに限界あり。11年ぶりに(!)自転車を引っ張り出し、ふらつきながら遠いスーパーまで行ってみた。ここなら少しは期待できそう。ついでにコンビニが開いていたので店長に状況を聞いてみた。11時半におにぎりとお弁当が、13時半にパンが来るらしい。それも並んだ20人くらいが買える程度。それがなくなると店を閉めているという。コンビニは盗難防止のためガラス窓は白い紙で覆われ営業時間も限られる。コンビニがちっともコンビニエンスじゃない。

 


●3月21日(月)・・・(震災11日目)
<ライフライン>
佐川急便で出してもらった荷物が届き、久々に車を出し営業所まで取りに行く。途中、ガソリンスタンドからの長蛇の列を見た。一体どこまで続いているのか最後尾が全くわからない。今週にはガソリン不足も解消されると知事の発言もあり、もう少し事態が改善してからガソリンを調達することにする。

<食料>
前日下見したスーパーに朝8時から並ぶ。40人ずつ店内に入って買い物が出来るとのこと。私は37番目。開店前にトラックが到着すると何を積んできたのか聞きに行く人がいる。「卵が40パック。納豆もあるそうだ」並んでいる人がどよめく。10時開店で一番の組で入店。真っ先に卵ゲット。牛肉、鶏もも肉、冷凍シャケ、まぐろ切り落としなど飢えていた動物性たんぱく質のものが大量に買えた!野菜も豊富。スーパーによってこんなに違いがあるとは!
夫の友人からの佐川急便で食料支援のダンボールを受け取る。缶詰、レトルトの丼物、釜飯の素、ミニトマトなどよくこんなに色々集めてくれたと感激。本当にありがたい。

<役立ったもの>
常温保存可能牛乳
・・200mlのパックだが2ヶ月くらい常温でもつ。牛乳が全く出回らない中これはありがたい存在。

<所感>
震災以来、初めてスーパーの店内で買い物をした。10分以内という制限時間付での入店だったが、お肉、お魚、コロッケ、野菜など買ったものが多すぎて帰りの自転車は重かったが、ペダルをこぐ足取りは軽かった。今日だけは贅沢しようと夕食はすき焼きにする。
佐川急便の受付もかなりの車列だったが、手際よくさばいてくれてスムーズに受け取りが出来た。すぐに手配してくれたご友人のおかげで子供にも満足に食べさせられる。ありがたい。

 


●3月22日(火)・・・(震災12日目)
<ライフライン>
近くの銀行のATMが震災以来止まっているので、バスで支店まで遠出する。いや本当は車ですぐ行ける距離なのだが、行動範囲が歩きか自転車で行ける範囲だけになっている今、バスに乗るだけで遠出に感じる。支店のATMは20人ほど並んでいた。
ツイッター情報で本日入れる入浴施設があることを知る。整理券をもらい入れたのは2時間後。30分の時間限定で慌しかったがそれでも四日ぶりのお風呂は何より気持ちいい。

<食料>
入浴施設の近くのコンビニが開いていたので入場制限で並んでみた。おにぎり、カレー弁当、海老ドリアとパンが3種類来ていた。個数制限なしというので海老ドリアを家族分購入。乳製品が不足しているのでドリアを選んだ。すごく美味しく感じた。
親戚よりヤマト運輸で3件、レターパックで1件食料支援が届く。野菜、お米、パンなど心づくしの品々に感激。これで食料問題もかなりラクになってきた。

<役立ったもの>
小林製薬「チンしてこんがり魚焼きパック」
・・懸賞当選品でしまってあったのを思い出した。冷凍シャケを買ったのはよいが、グリルが使えないので魚を焼けないことに気付く。そこで電子レンジで魚が焼けるこの商品を使用。おいしく出来た。

<所感>
前日に引き続き、今日は4件食料が届き嬉しい限り。アナウンスでは届くまで3日から10日かかると言われていたが、初日に出してくれたおかげで一日で届く。野菜、温泉たまご、ベーコン、ハム、チーズ、漬物など貴重な食料に感謝。

 


●3月23日(水)・・・(震災13日目)
<ライフライン>
今日からガスの供給が病院などで始まった。31万戸も止まっているのでそう簡単には回ってこないだろうが、在宅しないと開栓してもらえないのでなるべく家にいようと思う。

<食料>
友人との話題で牛乳が買えるスーパーがあるという話をしたら、今から行きたいということになり私も車に便乗させてもらい出かけた。入場制限はあったが10分もしないで入ることが出来た。買い物はトータル一人15点まで。牛乳、卵はあったが納豆、ヨーグルトはなし。空っぽの棚が目に付くが、それでもお店の中を買い回れるのは嬉しい。
親戚、友人からヤマト運輸で1件、レターパックで1件食料支援が届く。パンの材料が入っていたが、肝心の強力粉がなかったとのこと。どうしようか。

<役立ったもの>
手ピカジェル
・・断水していた頃、手を洗う水だってふんだんには使えない。ペットボトルの水をちょろちょろ手にかけて洗い、最後に手ピカジェルを使用。衛生面で安心。

<所感>
低脂肪乳だったが震災以来初めて1リットルの牛乳が買えた。卵も買えたが228円と普段買う値段の二倍以上する。それでも買えないよりはいいのでどうしても食費が高くつく。
ホームベーカリーでパンを焼くつもりだったが、強力粉が見つからなかったとのことで残念。当然こちらのスーパーでも探しているが棚は空っぽ。同じように自宅で焼く人が多いのか。レターパック350には筑前煮の素やローマイヤのカクテルポークソーセージなど10袋も入ってきた。一日で自宅まで届くというのは魅力だ。

 


●3月24日(木)・・・(震災14日目)
<ライフライン>
本日から東北自動車道が一般通行可能になる。これで物流も一気に動き出すか。
週の後半になったので朝、夫がガソリンスタンドに並びに行ってみたが二箇所とも延々と続く長蛇の列に「今は無理」と諦めて帰ってきた。車で出かけるとガソリンをロスするのでその後私が自転車で二箇所のガソリンスタンドに偵察に出向く。一箇所は限定200台で整理券配布。20リットル入れられる。が本日分は既に終了。もう一箇所はクレジットカードで満タン給油OKだが本日分は完売。どちらも明日営業するかは未定だと言う。どうも毎日は開けていないらしい。明日もっと朝早くからトライするしかない。

<食料>
店頭販売のみだったスーパーが本日から店内で買い物できるようになった。卵220円、納豆118円で購入。納豆は久々に大量に並んでいるのを見た。ちょうど入荷したばかりのよう。すぐに納豆好きの友人にメールで知らせる。
友人からレターパック500で2件食料支援が届く。食べるにぼしが入っていてカルシウム補給にありがたい。

<役立ったもの>
ヒガシマル揚げずにからあげ
・・先日鶏モモ肉を買ったとき、子供の好きなから揚げを作ってあげたいけどカセットコンロではうまく出来るか不安・・・と思ったとき売り場で見つけ購入。フライパンで作るから揚げは初めてだったけどおいしく出来て子供にも好評。

<所感>
スーパーも店内に入れるところが徐々に増えてきた。しかしWEBで見るとまだ再開していないスーパーも結構ある。営業時間は夕方4時までとか短い。早くいかないといけない。
ガソリンはそろそろ問題なく入れられるのかと安心して構えていたが、とんでもない。事態はますますひどくなっているのでは?明日こそガソリンを入れたい。

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 被災生活日記〜その2 


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被災生活日記〜その1

 洗面所にある小さなミッキーマウスの時計が14時46分を指して止まっている。
2011年3月11日 東日本大震災発生。
いつもの「日常」が「非日常」になったあの時。
マグニチュード9.0と日本において過去最大という地震に遭い、ライフラインが復旧するまで不自由と直面して過ごした三週間を一週間ごとに日記形式でまとめてみます。

災害はいつ、どこで起こるかわかりません。私自身まさかこんな体験をするとは夢にも思っていませんでした。報道で流れる被災地の様子は、目を覆いたくなるような惨状と悲しみのドラマに溢れています。それと同じレベルでは語れませんが、一般市民にも起こりうる体験を記すことで今後何かの参考になれば幸いです。
日記は、ライフライン、食料、役立ったもの、所感に分類してみました。


その1・・・東日本大震災から1日目〜7日目(3/11〜17)
 『全てのライフライン止まる!』
 
●3月11日(金)・・・(震災1日目)
<ライフライン>
地震発生直後、電気、ガスが止まる。テレビがつけられないので情報は手巻きラジオからのみ。水道は出たので安心していたが夜8時頃急に止まってしまった。トイレの水が流せない。お風呂の水をバケツに汲んで手桶でタンクに入れるも少なすぎては流れない。水量の調節に試行錯誤。夜になりローソクとアロマキャンドルで灯りをとる。カセットコンロを引っ張り出すもカセットボンベがラスト1本(しかも半分)しかない。ピンチ!

<食料>
夕食はカセットコンロでお湯を沸かしレトルトのご飯をあたためる。おかずは冷蔵庫にあったもの3〜4品冷たいまま食べる。午前中買出しに行ったので牛乳、卵、ハムなど多少の余裕あり。ただ冷蔵庫が止まっているので早めに食べないといけないかも。不安になり夕方スーパー、コンビニを見に行くも完全に閉店していて何も買えず。

<役立ったもの>
1.手巻きラジオ&LEDライト(MG-100 株式会社 太知)
これがなかったらと思うと恐ろしい。1分間の充電でラジオが約1時間、ライトが約20分間使えるというもの。絶対必需品。
2.SPAアロマキャンドル「ピュアエアー」グラス[GVSP-30]
懸賞当選品でとっておいたものが役立った。グラスに入ったキャンドルで24時間もつ。アロマテラピー効果もあり思いがけないヒットだった。香りも何種類かある。
3.乾電池式携帯充電器
外出時の充電に便利と持ってはいたが使ったのは今回初めて。携帯は今やライフラインの一つ。停電時携帯が充電できたことは本当に助かった。

<所感>
電気が止まってしまったため、暖房がつけられない。雪が舞う天気だが、暖をとれるのは貼るホッカイロのみ。家の中でずっとコートを着ている。何とか家族4人一階で寝られるスペースを確保した。いつでも避難所に移動できるよう枕元に懐中電灯とボストンバッグ。服を着たまま休む。余震でたびたび目が覚める。

 

●3月12日(土)・・・(震災2日目)
<ライフライン>
前日の夜までは携帯メールの送受信が出来たが、今朝「圏外」の表示で外部に連絡する手立てがない。171の災害伝言ダイヤルに電話しようと公衆電話から何度も試すもつながらず。前日すぐにメールで無事を伝えられた親戚、友人数名以外はきっと安否不明と思うだろう。手巻きラジオが唯一の情報源。

<食料>
朝9時頃、情報がないか避難所になっている小学校の体育館に出向くも「ここにはもう水も食料もない。ここより悲惨な場所が多いので支援は後回しになるだろう」とのこと。避難所はたくさんの人であふれかえっていた。
近くのスーパーに行ってみると10人ほどが列を作っていた。開くかどうかわからないがとりあえず待っていると言う。私も並んでみたところ内部で店員の動きあり。正午から店頭で何かしら販売をするとのこと。みるみる行列が伸びる。カセットボンベ(3本)、カップめん(2個)、カロリーメイト、水、パスタソースなど購入。品数少なく点数制限もあり。

<役立ったもの>
お風呂の残り湯
・・トイレの水として欠かせない。非常時用に貯めておくべきと痛感。

<所感>
手巻きラジオをつけながら家中散乱している物の片づけをした。たんすや机などの家具や網戸が20センチ東に移動していた。
明るいうちに夕食の準備をしないと手元が見えなくなるので3時過ぎから取りかかり、4時半頃食べた。夜は寒さと暗さで何もできない。7時半頃横になる。あたり一面闇に包まれている。

 


●3月13日(日)・・・(震災3日目)
<ライフライン>
買い置きの水もだんだん少なくなってきたので初めて給水所に並ぶ。朝8時から1時間半並ぶも「給水車は何時に来るか分からない。来ても水はここまで(私の並んでいるところ)は回ってこないだろう」という。と同時に断水していない地区があると言われ、知人の家に押しかける。「困った時はお互い様よ」と快く2リットル×5本分の水をもらう。涙が出来るほど嬉しかった。

<食料>
朝から給水の列に並んだため、スーパーの行列に出遅れ断念。コンビニが5人ずつの入場制限で入れていたので並ぶ。残っていたのはドリンク、お菓子類。ペットボトル(小)のドリンク6本購入。ドラッグストアも5人ずつ入場制限で入れていた。1時間並び入店。食品棚はほぼ空っぽ。買えたのはドライカレーの素、トイレットペーパー、床に散乱したままだったスポーツドリンク、ごみ袋。食べ物が買えないのはつらい。

<役立ったもの>
素肌すっきりシート
・・お風呂に入れず、体を拭くにも水は貴重なのであまり使いたくない。そんな時重宝するアイテム。

<所感>
カップ麺を食べるにも400ml×4個(1600ml)の水が必要。パスタを茹でるにも2リットルの水が必要。想像以上に水は貴重だ。給水車でも一人2リットルの制限があったとも聞く。今度雪が降ったら集めてトイレの水に使おうかと真剣に考える。
行列している時、前後の人がお話好きの人だといい情報交換の場になることがわかった。スーパー事情、水道、ガス、ガソリン事情など口コミ情報が一番役に立つ。

 


●3月14日(月)・・・(震災4日目)
<ライフライン>
朝9時過ぎからスーパーの列に並ぶ。既に200人以上並んでいた。列の中に携帯で話す人がいたのでもしや、と思ったが私の携帯は通じない。遅延で夜中に受信のみ7〜8件入っていたので返信メールをとりあえず作成。昼近くになりアンテナが立ち始めメールが送れた!その後夫からもメール入り、電気が来たとのこと。ヤッター!

<食料>
スーパーの列は結局3時間半かかった。400〜500人の列になった10時半頃「本日終了」と書かれたダンボールを持ち店員が最後尾につく。最初のうちは卵があったが売り切れ。トマトやブロッコリーなど野菜が買えた。小さいパンが2個、カップ麺2個買えたが、こんなに並んでも一日分の食料にはほど遠い。
親戚がツイッター情報で炊き出しをしているお店を教えてくれた。容器持参で夫がいただいてきた。久しぶりにおいしいものを食べられ感謝、感謝。

<役立ったもの>
アルミホイル、ラップ
・・水が出ないと洗い物もまともに出来ない。我が家では震災直後からシチュー皿にアルミホイルを敷き、さらにラップを敷き食事を乗せていた。食後はラップのみ処分。ラップのみだと弱いが、アルミと一緒だと結構大丈夫。

<所感>
電気が復旧したことで暖房がつけられ、灯りもつくので気分的に楽になった。冷蔵庫は寒い時期だったのが幸いし腐って捨てるものはほとんどなかった。炊飯器でご飯が炊けるようになったのがありがたい。電気ケトル、電子レンジの存在も大きい。

 


●3月15日(火)・・・(震災5日目)
<ライフライン>
電気が通ったことで画期的に進歩した感じがあるが、調理の中心はカセットコンロ。カセットボンベは一本で2日くらいしか持たない。この前3本は買えたが心もとない。列に並んでいる時に聞いた話では、昔あった宮城県沖地震の時もガスは一ヶ月来なかったらしい。もっともっと準備しないと!と思っていたらラッキーなことに今日はスーパーにカセットボンベが大量に入荷。(3本買えた)
171の災害伝言ダイヤルにかけてみた。録音されていたメッセージは1件のみ。もっとたくさん入っていると妹からメールをもらっていたが、2日でメッセージは消えるらしい。3日間もこちらから171にかけられない状態だとあまり役立っているとは思えない。

<食料>
朝8時よりスーパーに並ぶ。100番目くらい。店頭販売前にお店の人が拡声器でこういうものがあると案内してくれるが、パン、牛乳、納豆などの生鮮食料品はなし。がっかり。3日くらいはいいが、5日目ともなるとたんぱく質のものが欲しくなる。フィッシュソーセージくらいしかたんぱく質を取れるものがない。

<役立ったもの>
ベターホーム「電子レンジ料理」A5判/160ぺージ/1260円(税込み)
・・ガスがまともに使えないなら電気でカバーするしかないと思い「電子レンジ料理」の本を開いてみた。かぼちゃの煮物、蒸しなすなど作り好評。

<所感>
食料不足、ガソリン不足が深刻。普通災害時の備えとして3日分の食料と水を確保するよう言われているが、5日たっても満足なものが手に入らないのでは栄養のバランスも崩すし元気も出ない。ガソリンがあまりないので車は使えない。歩きか自転車の人が急に増えてきた。郵便ポストも投入口にテープが張られ投函不可。支店まで持っていかないと郵便も送れない。

 


●3月16日(火)・・・(震災6日目)
<ライフライン>
電気が通って家の電話が使えるようになったこともあり、終日親戚、友人から安否確認の電話、メールが相次ぐ。窮状を訴えると何か食料を送ってあげたいと言うも、宅配便関係はすべてストップ。東北道を緊急車両のみの通行にしているが何とか時間限定で宅配便のトラックも走らせられないものかと思う。
水も底をついてきた。「水が出た〜」と喜んでいる夢を見た。

<食料>
朝8時からスーパーに並ぶ。明日から2〜3日雪が降る予報が出ているので今日は3日分くらいの食料を買いたいところだったが、白菜、ほうれん草、さつまいも、それとカセットボンベが6本買えたのは収穫だったが、肉、魚、牛乳、卵など欲しいものは何もなし。
夜になって、遠方の親戚が食料と水を積んで車で届けに来てくれた。どこも品不足なところあちこち回って買い集めてくれたと言う。久しぶりに見る豚肉、牛乳、パンなどなど。こんなにありがたいことはない。

<役立ったもの>
オーマイ パスタ楽らくパン
・・懸賞当選品で大きめのフライパンとしても使っていたが、パスタを茹でるのはもちろん四人分の調理をするのにほとんどこれ一つで作っていた。

<所感>
精神的にも肉体的にも行き詰まってきた。先行きが見えないなか、二人分の量の食事を四人で食べてつないでいる。足りないところはおせんべい、クッキーでお腹を満たす。遠くのスーパーを探してみたいがガソリンがない。そんな中での親戚の思いがけない支援は涙が出るほどありがたかった。一縷の光明が見えた感じ。

 


●3月17日(水)・・・(震災7日目)
<ライフライン>
電気が通って楽になったというものの、水、ガスが来ないとお風呂に入れない。WEBで色々情報収集をする。明日は朝からとある入浴施設に並んでみることにする。

<食料>
朝から雪。昨夜遅くの支援物資のおかげでスーパーの列に並ばないですんだことは体力温存の意味でもとても大きい。パン、牛乳、ハムエッグと何てことない朝食メニューは一体何日ぶりだろう。

<役立ったもの>
レターパック350、500
・・宅配便、ゆうパックが取り扱いできない時期でもレターパックは宅配してくれる。厚みのあるものでもその封筒に入れば送ることが出来るので便利。ハム、チーズ、漬物などの食料を送ってもらった。東京からでも一日で届いた。

<所感>
冷蔵庫に牛乳が5本並んでいる。豚肉が3パックある。これがどれだけ安心なことか。一人暮らしをしている遠い親戚を呼んで、夕食をご馳走した。メインは肉うどんなのだが美味しいと食べてもらえてよかった。食料をおすそ分けした。

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 被災生活日記〜その1 


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元気です♪

 3/11(金)14:45、ブログを書いていたら突然体験したことのない揺れに慌てて一階に下りると、玄関の啓翁桜が花瓶ごと落下し目の前でガシャーン。家族写真のフォトフレームも粉々に・・・。庭に出るも立っていられないほど大きな力に揺さぶられ「家が倒れるんじゃないか」というほどの恐怖を感じました。

幸い、家族はほどなく無事が確認されました。小学校に迎えに行くと、紅白帽をかぶった子供達が不安そうな顔をして家族の迎えを待っていました。「最初に掛け時計がガシャーンって落ちたよ」「みんな怖くて泣いたんだよ」我が家の子供達も人生最大の地震にもう家に帰れないんじゃないかと心配したようです。

地震発生以来、電気、ガス、水道、電話が止まり、携帯も当日夜からはメール発信すら出来なくなり、情報と言えば手回しラジオが唯一の情報源。充電ランプが光ると子供達がウィーンウィーンと回して聴いていました。
今回の地震が東北から関東まで広範囲にわたることもラジオで知りました。津波、原発と未曾有の被害と危険が及んでいるのですね。聴けば聴くほど信じられないことばかり。これはもしかして夢なんじゃないか、夢であってほしいと何度も思いましたが、時々襲ってくる余震に現実を思い知らされています。これを書いている今、また強い余震が・・・。

ライフラインの止まった生活はサバイバルゲームのようです。どこどこに給水車が来ると聞けば朝早くから並び、スーパー、コンビニで販売があると聞けば並び、最大三時間半並んでようやく買えた時もありました。
カセットコンロを駆使して何とか食べられるものを作っていますが、買い置きの牛乳も尽き、卵もあと3個。次の食事は何を食べようか。
あ、また余震が。震度4だそう。
危ないのでそろそろ終わりにします。
三日ぶりに電気だけが復旧し、取り急ぎ無事の報告だけさせていただきました。

| comments(10) | trackbacks(0) | 東日本大震災 | あずさ |
 元気です♪ 

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